何故妖怪を描いているのか

妖怪画家洋伯が万年筆で描いた一つ目小僧の絵

妖怪に興味を持ったきっかけ

妖怪画家洋伯が万年筆で描いた妖怪鵺の絵

幼い頃から、私は人が「なんとなく嫌な場所」と表現するような空気を強く感じることがありました。

近づけない場所があったり、長くいられない場所があったりと、不思議な感覚に戸惑うことも少なくありませんでした。

無理やりいってみたりしてもよくないことが起こったり、嫌な気持ちになる出来事が起きたりして大変でした、、。

また人に対しても同じ感覚が働いてしまって苦手な人がいたりもしました。

第六感的な感覚というのが近いかもしれません、、、。

何かが見えるわけではありませんが、説明のつかない「何か」を感じていたのです。

自分には記憶がありませんが、幼い頃、川を指差して「女の人が呼んでいる」と言い、フェンスを登ろうとして家族を驚かせたことがあったそうです。

また、ライブペイントをしていた際には、作品を見た方から「もしかして幽霊が見えるのですか?」と尋ねられたことがあります。

その方によれば、私が描いた絵が心霊写真に写っていたものと非常によく似ていたそうです。

私自身は心霊写真を撮ったこともなければ、そんなに見たこともないのでびっくりしました。 

どちらかと言うと心霊写真なんかあるの?といった派です。

こうした体験から妖怪について調べるようになり、『平家物語』ではぬえが現れる際、御所の上に”黒雲がたなびく”と描かれていることを知りました。

その描写を読んだとき、自分が幼い頃から感じてきた「黒い気配」とどこか重なるものを感じ、妖怪という文化にさらに惹かれるようになりました。

なぜ妖怪を描くのか

私が妖怪を描く理由は、日本人が古くから持ってきたアニミズム的な感性が好きだからです。

アニミズムというのは簡単に言うと様々なものに魂が宿るという日本古来からの考え方のことです。

山や川などの自然や、道具や動物など、人間ではない存在にまで人格や物語を見出す。

この「見えないものにも意味を与える」という感性は、日本文化を形づくってきた大切な価値観の一つだと感じています。

見えない部分を想像する。 この感覚が日本人なのでは、と思います。

妖怪とは、単なる恐ろしい怪物ではなく、人々の想像する力が生み出した存在であると思っています。私はそうした日本人を日本人たらしめる文化や感性を、現代にもつないでいきたいと思っています。

妖怪手帖を制作している理由

妖怪画家洋伯が万年筆で描いた妖怪獏の絵と制作に使用した画材の写真

妖怪は古くから多くの絵師によって描かれてきました。

鳥山石燕とりやませきえんは図鑑という形で妖怪を体系化し、水木しげるは伝承だけでなく、自身の創作妖怪も加えながら妖怪文化を現代へ広げました。

しかし、その後は妖怪をライフワークとして描き続け、新しい妖怪文化を育てる作家は少なくなったように感じています。

私もまた、伝承を尊重しながら、自分自身の解釈や現代の感覚を取り入れた妖怪を描き、この文化を未来へつないでいく一端を担いたいと思っています。

現在は、その活動の中心として『妖怪手帖』の制作を続けています。

一枚の作品として描くだけではなく、一体一体の妖怪を記録し、解説を添えながら残していきたいと考えています。

このキャラクター化する部分が妖怪文化にはとても重要だと感じています。

既存の妖怪はもちろんですが、私が発見した妖怪も沢山描いていきたいと思います。

目指していること

妖怪というのは日本人の文化や特性を形成してきたアニミズムを根幹にもつ文化が産んだものです。

また妖怪文化は完成したものではなく、時代ごとに新しい妖怪や解釈が加わりながら受け継がれてきた、今後も続いていく文化だと考えています。

それ故に平成以降の世界が反映された妖怪がいないのは何か個人的には違和感があります。

妖怪=自然というイメージも水木先生が作ったものになるので現代ならではの妖怪というのもいるはずです。

私もその流れの中で、自分なりの妖怪を描き続け、未来へつないでいけたらと思っています。

私の作品を通して、少しでも想像する楽しさや、目に見えないものへ思いを巡らせる時間を感じていただけたら嬉しいです。

私の描いた作品や妖怪たちから自由に世界を想像していただけたら嬉しいです。


何故モノクロで妖怪を描いているのか

洋伯が調べたり見つけた妖怪はこちら

記事/イラスト: 洋伯(よはく)
Original Yokai Illustration by Yohaku

洋伯(よはく)

Ink Drawing
存在しないものを描く
文房具が好き
石垣島で絵を描く
絵の描き方や画材について発信
妖怪手帖作成中

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