元々はフルカラーで描いていた
絵を沢山勉強していたので、何となくやったことを総動員することが良いことだと思っていました。
もちろん勉強したのでフルカラーで描くこと自体に自分で疑問を抱くことはありませんでした。
しかしあるとき、客観的に自分の絵を見たときに”何か違う”と引っかかる部分がありました。
自分の絵には何かワクワクするものを感じることができませんでした。
小さいころに漫画であったり、北斎や妖怪の本を見たときに ”これが居たのか”という謎の存在感 がありませんでした。
フルカラーは絵自体のインパクトはあるのですが、描いている妖怪自体に力がない感じがしていました。
モノクロにした理由
私は小さいころに漫画や北斎の本を見てワクワクした体験をさかのぼってみることにしました。
するとある共通点がありました。
それはモノクロで描かれていること、でした。
フルカラーには、色彩だからこそ表現できる豊かさや迫力があります。
しかし私は、色を限定したモノクロの作品を見たときの方が、見る側が自然と世界を補い、想像を膨らませていることに気づきました。

古い挿絵や、長い年月を経て色褪せてモノクロのようになった書物を眺めていると、描かれていない部分まで頭の中で物語が拡がっていきます。
その感覚が、私の描きたい妖怪の世界に最も近いものでした。
フルカラーで描いていたころは自分が学習した難しいと思う技術を総動員して描けば完成度があがり存在感が出ると考えていましたが、実際自分が存在感を感じていたのは自分の想像力で補完された色の付いてないモノクロの絵だったのです。
思い返すと面白かった漫画がアニメになった途端に違うものになったりしたのも、想像する余地が減ってしまったからなのかなぁと思ったりします。
存在しない物はやはり想像する瞬間が一番楽しいので、モノクロにすることによって存在しないものを創造する最後のピースを見る人にゆだねる形にしたい、そういった理由でモノクロで絵を描いています。
また単純に表現としてモノクロは静かで落ち着いていて、静寂と自分との対話が好きな私の好みの表現となりました。
妖怪×モノクロ
妖怪は必ずしも姿がはっきり見える存在ではありません。
昔話や伝承でも、「何かがいた」「黒い影が見えた」「気配を感じた」といった曖昧な形で語られることが多くあります。
私が感じた”黒雲”もそういった類なのかもしれません。
私はその”曖昧さ”こそが妖怪の魅力だと考えています。
この曖昧さが想像力とつながる、そういった点で妖怪とモノクロは非常に相性がいいです。

見た瞬間に妖怪の世界が頭の中で拡がる、そんな感覚を私の描いた妖怪で抱いていただけたら嬉しいです。
妖怪を描き続けていく中で、自然とモノクロという表現にたどり着きました。
現在は日本文化を形成している妖怪文化を後世に伝えるために、妖怪手帖の制作を進めています。
私の描く妖怪や作品は、作品を見たあなたの頭の中で完成し、拡がっていくのです。
