ハンザキ大明神

妖怪画家ヨハクが油絵具で描いたオオサンショウウオの妖怪ハンザキ大明神のイラスト 妖怪手帖
ハンザキ大明神
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洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

こんにちは、存在しないモノを描いている妖怪、洋伯(よはく)です。

私は普段、存在しないモノをキャラクター化したり見たことのない世界を創ったりしています。

今回は爬虫類や両生類が好きな私が好きな妖怪ハンザキ大明神だいみょうじんについて調べてみました。

ハンザキとは中国地方でオオサンショウウオのことを示す言葉です。

Hanzaki Daimyojin
ハンザキ大明神 油彩 洋伯(よはく)

オオサンショウウオと言えば日本の天然記念物で、私も一度は生で見てみたいと思う両生類です。

それではなぜ普通の生き物であるハンザキ(オオサンショウウオ)が妖怪、ハンザキ大明神とされているのかを見てみましょう。

妖怪ハンザキ大明神の話

昔、現在の岡山県真庭市まにわしを流れる旭川あさひがわ竜頭りゅうずふちという場所があり、その竜頭の淵の周辺に巨大なハンザキが住んでいました。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

竜頭の淵だなんて、漫画とかだと竜とかが住んでそうな名前ですね、、。

因みに”ハンザキ “とは、”半分に裂けている”という意味であり、
サンショウウオの口が大きく口を開けたときに頭が真っ二つになったように見えることと、体が真っ二つになっても生きていけるほど生命力が強いと考えられていることがハンザキという名前に由来しているようです。

その竜頭の淵に住んでいたとされるハンザキは、そこで草を食べている牛を尻尾で倒し、川に引きずり込んで食べてしまうほど巨大であったといいます。

そんな妖怪のようなオオサンショウウオに、村の人たちは恐ろしくて近寄れなかったのですが、ある日村の人々が集まっていると、村の外から来た六部ろくぶ”(仏教の巡礼者)”が通りかかり、こう言ったのだそうです。

“おい村人たちよ、そこの川に大きなハンザキがいるそうだが、誰も殺しに行かないのか?
この村には臆病者しかいないようだな。”

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

仏教をやっているとは思えない発言ですが、果たして村人たちはどう思ったことでしょうか。


村の人々は大変怒り、特に三井彦四郎みついひこしろうという青年は憤慨ふんがい(めちゃキレて)し、

「何を言っているんだ。よく見ておけ!」

と、ハンザキが潜んでいる竜頭の淵に向かっていき、縄を腰に巻き、彦四郎は短刀を一本だけ持って川に飛び込みました。

彦四郎は巨大なハンザキに切りかかろうとしましたが、逆に丸呑みされてしまい、村人たちはもうだめだと思いました。

がしかし!


彦四郎は持っていた短刀でハンザキの腹を内側から裂いて出てきて、さらに腰に巻いた縄をハンザキに巻きつけて川から上がってきました。

洋伯(よはく)
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漫画や映画などで主人公が一度モンスターに食べられたと思わせて内側から倒すという展開は昔からあったんだな、という着眼点で感動しました。

村人たちがその縄を引いていくと、
なんと身長10.8メートル、胴回りは5.4メートルもある巨大なハンザキが姿を現しました。

これが噂されているハンザキであることは間違いありませんでした。


村人をからかった六部は驚いて逃げ出したが、彦四郎は追いかけてハンザキを殺したのと同じ短刀で彼を殺してしまったのだといいます。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

ハンザキよりもこの彦四郎のほうが怖いと思ったのは私だけではないはず、、、、。

しかしこの出来事があった夜から、彦四郎の家の外で誰かがすすり泣く声がするが誰もいないという怪奇現象が起き始めました。

このようなことが毎晩続いたので、彦四郎の家族は次々と病気になり、みんな死んでしまったのだといいます。

さらに村ではさまざまな災難が起こり、村人たちはハンザキや六部の祟りだと考えました。

そこで竜頭の淵の近くにハンザキを神様として祀るため「ハンザキ大明神」という神社を建て、六部が殺された場所にも供養塔も建てたところ、村に災いが起こることはなくなったのだといいます。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

大明神とうい言葉の通り妖怪というより神様的な存在なのでしょうか。

まとめ

岡山県での伝承によると、竜頭の淵という淵に家畜を食べてしまうような巨大なハンザキが住んでいたといいます。

ある時、六部がその村に来た際にハンザキを退治しない村人は臆病者だと馬鹿にしたところ、三井彦四郎という若者が一人淵に飛び込みハンザキを退治してしまいました。

また彦四郎は馬鹿にしてきた六部も殺してしまいましたが、それから夜な夜な彦四郎の家の外で誰かがすすり泣く声がするという怪奇現象により、彦四郎の家族はみな病んで死んでしまいました。

また村でも様々な災いが起きたので、村人たちは六部の供養塔を立て、またハンザキ大明神としてハンザキを祀ったところ村に災いは起きなくなったのだといいます。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

村の災いはハンザキの仕業だと思ってハンザキを大明神として祀りましたが、六部の方は供養塔だけというのはなんか可哀そうな気がしました。

日本ではしばしば悪さをした人間や動物が殺された後、妖怪や悪霊などとして人に災いをもたらすことがあります。

このようなタイプの妖怪は、悪い妖怪から良い神様にして人々の味方になるように神様として祀られることが多いですが、このハンザキ大明神も妖怪になったハンザキを祀ることによって守り神にでもしようとしたのでしょうか。

記事/イラスト: 洋伯(よはく)

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