化物と妖怪

妖怪画家ヨハクが描いた鬼と怖いおかめが後ろにいて手前に体のない鬼のイラスト 妖怪手帖
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洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

こんにちは、存在しないモノを描いている妖怪、洋伯(よはく)です。

私は普段、存在しないモノをキャラクター化したり見たことのない世界を創ったりしています。

元々不思議なものが好きだった私は、水木しげる先生の影響もあって妖怪が好きですが、

そもそも妖怪とは何なのでしょうか。

現代の一般的な解釈ですと、妖怪という存在は神様や仏様、祖先などの霊的な存在とは異なる、

超自然的な存在で不可思議な現象を引き起こしたり人間に恐怖を与える存在です。

水木しげる先生や烏山石燕先生等のアーティストたちによって妖怪図鑑等が制作されてことによって、もはや知らない人はいない、目に見えない存在である妖怪ですが、同じような言葉で化物という言葉があります。

妖怪と化物とはなにか違いがあるのでしょうか。

一つ目小僧のイラスト デジタル画 洋伯(よはく)

化物ばけものと言われていた妖怪

上記でいう現代の妖怪の解釈ですと、妖怪は当時(室町時代以前)妖怪ではなく、化物ばけものと言われていました。

また現代では幽霊を信じている人は多いけれども、昔は幽霊よりこの化物を信じている人の方が多かったというので驚きです。 

洋伯(よはく)
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昔は科学技術の知識を一般人が持っていることもなく、夜は真っ暗だったので確かに人間が死んだ霊よりも未知の存在である化物の方が怖かったのかもしれません。

化物と言っても具体的な姿が伝承されていたわけではなく、言い伝えや、どこどこの誰々があそこで何か人間ではない何かを見たらしい、と言ったような曖昧なものが多いようです。

民俗学者の柳田國男さんの研究でも妖怪のような化物は神様が祀られなくなって零落(落ちぶれた)したもの、というような結論になっていますが、多くは口伝くでん(文献等ではなく人の言葉による伝承)による伝承で、実際にその妖怪の姿などを聞いても答えられないものがほとんどであるということです。

ではなぜ存在しないはずの妖怪が今日に至るまで、様々な種類がいるかのように伝わっているのでしょうか。

本草学ほんぞうがくの流行

日本では室町時代ころに本草学という学問が流行していました。

本草学というのは、今でいうところの図鑑のように自然界に存在するものに関する情報を収集、記録し更に分類し整理する学問です。

この分類し整理する作業の際に必要になってくるのが、”名前”や”項目”です。

提灯お化けのイラスト 油彩 洋伯(よはく)

妖怪の絵で有名な烏山石燕とりやませきえん先生という方がいますが、中国の『山海経せんがいきょう』という架空の地理書と狩野元信かのうもとのぶの『百鬼夜行絵巻ひゃっきやこうえまき』を参考に『画図百鬼夜行がずひゃっきやこう』という図鑑形式の妖怪集を制作したと言われています。

参考にした中国の山海経ですが、内容は存在しない架空の大陸のことが説明されていて、そこに生息している珍奇な姿形をしている化物が名前と解説付きで紹介されています。

洋伯(よはく)
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百鬼夜行絵巻から妖怪の描き方を、山海経から図鑑形式の表現を参考にしたのでしょうか。

山海経も画図百鬼夜行も、今でも単行本等で内容が見れるので是非見てみてください。

もともと化物の絵を描いていた画家は沢山いたようですが、図鑑形式でまとめたのは烏山石燕先生がはじめてだと言われています。

内容は駄洒落で創作したであろう化物や、知り合いの名前をもじって作った化物、または元々沢山描かれてきた有名な化物などが載っています。

本草学が流行っていた当時にこの化物をまとめた図鑑形式の本はヒットし、また当時は著作権もなかったので様々な画家が模倣し全国に似たような化物が”イラスト”と”名前”付きで生み出されていくことになったようです。

またこの際にもともと口伝で伝承されていた河童などの有名な化物などもイラストにより解説されるようになって現在我々が知っている姿で伝承されているようです。

妖怪とは

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

我々が思っている妖怪は化物と呼ばれていたことは分かりましたが、ではなぜ妖怪と呼ばれるようになったのでしょうか。

そもそも妖怪という言葉は仏教哲学者の井上円了さんという方の妖怪学が元になっているようです。

妖怪学とは、井上円了さんが批判的な立場から化物の話を含む不可思議な現象のこと全般を”妖怪”と呼び、科学的に解明できる妖怪、自然現象による妖怪、誤解(見間違い等)による妖怪、などに分け、それらとは別の、当時の科学技術で解明できない妖怪”真怪しんかい”を研究することによって宇宙の秘密を知ることができる、としていた学問です。

百物語のイラスト デジタル画 洋伯(よはく)

要は不思議なことを”妖怪”として科学的に解明していこうという学問です。

洋伯(よはく)
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妖怪学という名前とは裏腹に、”妖怪はいない”というタイプの研究のようです。

妖怪の存在を科学で説明することによって否定する人の学問の名称によって妖怪と名付けられたのは皮肉がこもっていてなんかいいですねぇ。

井上円了さんの研究以降、烏山石燕先生や他のアーティストが描いてきた超自然的な存在である化物は妖怪と呼ばれるようになったのだとされています。

なんとなく太古の昔から妖怪は妖怪と呼ばれていたと思っていたのですが、井上円了さんが1815-1919の間に生きていたことを考えると妖怪という言葉が出てきたのは割と最近であることが分かります。

妖怪と化物まとめ

我々が共通認識のある妖怪という超自然的な存在はもともと化物と呼ばれていました。

化物の話は基本的には口伝によって伝承されていて、その姿形は基本的には分からないものがほとんどでしたが、本草学の流行により図鑑のように自然のものを”名前”と”イラスト”による外的特徴を記して分類、整理するようになりました。

その流行の中で中国の山海経という不思議な化物の図鑑と、狩野元信の百鬼夜行絵巻を参考に烏山石燕先生が化物を図鑑化したことにより、我々が知っている妖怪の”名前”と”見た目”が現代にまで伝わっているようです。

またこの時点ではまだ妖怪は妖怪とは呼ばれていませんでしたが、井上円了さんが不思議な現象を解明しようとする学問である”妖怪学”を提唱しはじめてから、不思議の一部である化物も妖怪と呼ばれるようになりました。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

我々が思っている妖怪はもともと化物と呼ばれていたようですが、烏山石燕先生によって名前と見た目、またキャラクターが設定されて、井上円了さんの行った不思議を解明する学問の名称”妖怪学”から化物は妖怪と呼ばれるようになったようです。

辞書ではもしかしたら化物と妖怪は違うものかもしれませんが、成り立ちを見ると妖怪と化物という別のものがいるのではなく、妖怪は最近名付けられた名前でもともと化物とされていたことが分かります。

記事/イラスト: 洋伯(よはく)

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