鬼 (妖怪事典)

妖怪画家ヨハクが水干絵具で描いたこん棒をかついで座ってお酒を飲む赤い鬼のイラスト 妖怪手帖
酒を飲む鬼
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洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

こんにちは、存在しないモノを描いている妖怪、洋伯(よはく)です。

私は普段、存在しないモノをキャラクター化したり見たことのない世界を創ったりしています。

今回はみんな知っているけどよく分からない妖怪、おにについて調べてみました!

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酒を飲む鬼のイラスト / 水彩 / 洋伯(よはく)

おには日本人でなくとも誰でも知っている妖怪です。
海外の方から鬼と妖怪はどちらが強いかという質問を受けることがありますが、鬼は妖怪の一種です。

鬼のイメージといえば、虎の毛皮の腰巻こしまきをして牛の角が頭から生えている見た目のものがキャラクターとして知られていますが、実際は様々なものを指すようです。
ちなみに虎の毛皮の腰巻と牛の角というのは、陰陽思想いんようしそうで北東が鬼門という鬼(悪い物)が来る方角で、昔は方角を干支えとで呼んでいたので北東は”丑寅うしとら”になることが由来です。

そんな妖怪の鬼ですが、鬼という概念自体はどうやら様々な出どころがあるようです。

妖怪としての鬼の成り立ち

中国での鬼き

道教どうきょうに基づいた中国思想では人間の魂は二つの性質で分かれているとされていて、精神の働きをこんという”よう”の性質を持つ部分と、肉体の生命の活力であるはくという”いん”の部分に分かれているとされています。

人の魂魄こんぱくは死後分離して魂は天に昇り魄は地に返るとされているが、自殺したり殺されたり、また未練を残して死んでしまうとはくは地に返らず、幽霊となって現れ普通の人間のようにふるまうことが出来ると考えられているが、この状態のはくと呼んでいました。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

日本の怨霊などの概念はこの中国の思想からきているのでしょうか。
なので中国思想の時点ではは幽霊とほぼ同一の意味のようです。

縊鬼(くびれおに・きゅうき)という妖怪がいますが、これはおにというよりに近いのでしょう。妖怪縊鬼についてもっと見る(妖怪事典)

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縊鬼のイラスト / デジタル画 / 洋伯(よはく)

因みに死ぬと魂魄こんぱくが分離してしまうが、実は魂魄こんぱくが分離しなければ死なないとされているので、道教に登場する仙人せんにん仙術せんじゅつで魂魄を分離させないので不老不死なのであるといいます。

日本での鬼

平安時代の日本では中国思想から生まれた陰陽道おんみょうどう(安倍晴明あべのせいめいで有名な)が盛んだったのですが、陰陽道では実体の感じられる霊的な存在を”おん、また実体のない感覚的な霊的存在を”もの”としていました。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

姿を表わす霊的な物を”おん”、病気や寒気のように姿はないが存在の感じるものを”もの”としていたのでしょう。 コロナウイルスなどは”もの”になるのでしょうか。

そして実体の感じられるおんは言いづらいので訛っていき”おに”という読みになったといいます。

Yokai Ninja
姿の見えない忍者のような鬼 / 油彩 / 洋伯(よはく) 

また平安時代には大陸(インド)から仏教も伝わってきており、地獄にいる人間を拷問する鬼である獄卒ごくそつの見た目や中国道教のの概念、陰陽思想の隠(おに)が習合しゅうごうして現在使用されているような意味でのおにに近い概念となったようです。

鬼とは

鬼の成り立ちを見ると一見、霊的な存在で生きている人間に悪さをする不思議なクリーチャーのような存在のようですが、どうやら鬼は色々なものに対して使われる言葉であるようです。
というのも、みにくい見た目の人や、他の国や地域から来た人、辺境の蛮人ばんじん、反社会的な強盗集団、はたまた悪さをする神である邪心も鬼と呼ばれることがあるようなのです。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

文字を打っていて気付いたのですが、醜いという字に鬼が入っていますね。

これらに共通しているのは、反社会、反道徳的であり、力を持っており、見た目の怖ろしさがあるという点です。

つまり見慣れない異形であり力を持っているものを畏れて鬼と呼んでいるのではないかと私は推察しています。

この点において鬼は神様、そして同時に妖怪に近い性質を持っているのではないかと思います。

妖怪と神様は表裏一体で、両者とも強大な力を有していて信仰の対象になっているかどうかの違いしかありません。

鬼の種類

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

上記したように鬼は様々なものに対して使われる言葉なのですが、キャラクター的に特徴的な鬼というのも数種類存在しているようなのでいくつか紹介してみようと思います。

仏教の鬼、獄卒ごくそつ

獄卒ごくそつとは、仏教における地獄にいる鬼で地獄に落ちた人間を拷問ごうもんする鬼です。
見た目は私たちがよく知っている人型の鬼の姿をしていて、鬼の概念がイメージ化した際にこの獄卒が参考になっているとされているようです。

地獄では様々な階層があり、生前犯した罪によって拷問内容は変わるようですが拷問は獄卒の鬼が行って、殺されたあとは獄卒のきよ、きよ”という言葉で復活しまた拷問されるといいます。

顔が牛の鬼と顔が馬の鬼である牛頭ごず馬頭めずが獄卒の鬼として有名です。

↓↓埼玉県の最明寺に襖絵を奉納したときの映像です。地獄の様子を描いているので牛頭と馬頭もいます↓↓

人間から鬼になった酒呑童子しゅてんどうじ、鬼女きじょ

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

個人的に衝撃的なニュースです。どうやら人間も鬼になれるようです。

有名な京都大江山の鬼、酒吞童子しゅてんどうじはもともと人間であったとされています。
酒呑童子という鬼は退治されて、いまでも首塚大明神くびづかだいみょうじんに祀られています。

鬼女きじょとは呼んで字の如く、女性が恨みや嫉妬の念から鬼になってしまったものである。

能面の般若はんにゃはよく知られていますが、般若とは正に鬼女になっている女性の姿です。
般若は更に色々な段階があって、鬼化が進んでいくと真蛇しんじゃという完璧な鬼になってしまいます。
般若とは違い、蛇のような見た目で髪は乱れて耳がなくなっています。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

怒り狂って聞く耳を持っていないとでも言うのでしょうか。 

女性を怒らせると怖いですね、、。

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鬼女のイラスト / デジタル画 / 洋伯(よはく)

動物タイプの鬼 鬼熊おにぐま、猿鬼さるおに、馬鬼うまおに

鬼熊おにくま

昔から動物は長い年月を経て妖怪化することがあると言われているようで、長野県では熊が年月を経て大きくなり鬼のように信じられない強い力をつけたものを鬼熊おにくまといったようです。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

鬼熊に関しては”強い”とか”大きい”という意味の鬼の可能性が高いので鬼とは違うかもしれません、、。いづれにせよ大きくて怪力で人や家畜を食べるのであれば鬼のようですね。

猿鬼さるおに

猿鬼は石川県に現れたという一本角のある猿のような見た目の鬼です。
猿のような見た目、ということなので鬼熊とは違い正体は猿というわけではないようですが、角がある点から鬼であることは間違いはないようです。
猿鬼は退治されたようですが、今でも伊夜比咩神社いやひめじんじゃにその角が保存されているといいます。

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猿鬼のイラスト / デジタル画 / 洋伯(よはく)

馬鬼うまおに

馬鬼うまおには愛媛や大分県に現れたとされる馬の妖怪で、その正体は死んだ馬の霊であったり、馬から妖怪に変化したものであると言われています。

大きさは通常の馬の二倍、たてがみは二メートル、目が光っていて口は耳まで裂けていたり人を襲ったりとまるで鬼のようです。

怖ろしい見た目をした妖怪 牛鬼

この妖怪牛鬼(うしおに / ぎゅうき )は見た目が様々に言われている妖怪ですが、狂暴な性格で水辺に現れるということはどの話でも共通しています。


牛鬼の見た目は獄卒の牛頭ごずのように頭が牛で体が鬼、もしくはその逆であったり頭が牛で体が土蜘蛛つちぐもという人面の巨大蜘蛛の妖怪であるなどと様々言われています。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

近畿、四国、中国、九州地方に現れていたようで、牛鬼淵うしおにぶちや牛鬼滝などといった地名といして残っているので本当に出たのでしょうか

和歌山の牛鬼淵うしおにぶちに出た牛鬼は人間の影を舐めるだけで食い殺したり、遭遇しただけで病気にさせると言われています。

九州の海沿いの牛鬼の話も怖ろしく、女に赤子あかご(あかちゃん)を持つように言われて持つと重くなって逃げられなくなったところに牛鬼が現れて襲われるといいます。その親子の正体も牛鬼の変化へんげだとされています。

鬼に関する言葉

鬼というのはその性質や所業からか様々な言い回しなどで使われています。
また鬼というのは見た目は怖ろしく、大きく、そして怪力であるというところから様々な言葉に形容詞的に使われるようになっているのでいくつか紹介していきたいと思います。

神出鬼没しんしゅつきぼつ

神様や鬼はいつどこから出てくるかわからないところから、様々なところに現れたり消えたりと所在がわからない様を表わしています。

疑心暗鬼ぎしんあんき

鬼とはもともと”おん”、つまり目に見えないものとされていたわけですが、疑う心が大きすぎると鬼がいなくてもいる気がしてしまうということから、疑う気持ちから怖ろしくて何も出来なくなってしまう様を表わしています。
疑心ぎしん暗鬼あんきしょうず。の略です。

鬼に金棒かなぼう

鬼は単体でも強く怖ろしい妖怪ですが、金棒かなぼうをいつも持っている描写から、何か二つの要素(それぞれの力が強力なのが前提)が合わさった時により一層力が増す様を表わしています。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

鬼はよく山から現れるとされていますが、鬼の正体の一つとして山で鉱山を採掘したり鉄などの金属を扱っている人たちが正体としている説もあるので鬼は金棒を持っているのかもしれないですね。

心を鬼にする

鬼は非情な性質を持っていますが、”心を鬼にする”という言葉は相手のためを思ってあえて非情になることを表わします。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

これらのように鬼の性質から生まれたことわざ熟語じゅくごはいくつもあります。

そのほかにも形容詞的に使え、怖ろしく非情なことから鬼嫁おによめ鬼軍曹おにぐんそう、残酷なことから鬼畜きちく、またほめ言葉として勇猛果敢な武士のことを鬼武者おにむしゃ、また優れて能力の秀でたものなどを”~の鬼”などと言います(例、バスケの鬼)。

沢山の言葉に使われているということからも鬼という妖怪は人間の生活の身近な存在であったことが分かります。

まとめ

鬼とは、中国道教の魂魄こんぱくという死霊しりょう概念がいねん、仏教の獄卒ごくそつの見た目、そして陰陽道おんみょうどうの目に見えない害をもたらす”おん”という概念など様々な要素から作りあげられた妖怪ですが、正体は海外の人や、山賊さんぞくなどの犯罪者であったり、見た目の奇妙な他の土地の人間であったり、はたまた本物の怪物であったり、動物や人から鬼化したものであったりなど一概にそれとは言えないようです。
一般の人にはない怪力や術を使い、見た目が怪しいという点では正に妖怪といった存在です。
鬼という妖怪は陰陽道や道教、そして仏教などの宗教に関わっている概念であるためか、沢山の慣用句や言い回しになるほどに我々にとって身近な存在になっています。

洋伯(よはく)
洋伯(よはく)

鬼と日本人という本には、集団の外側にいる不道徳で非道な鬼という存在を概念的に定義することによって、集団の規範であるとか人間とは何かを定義していたのではないか、と書いてありました。そう考えると集団に属さないアーティストやアウトローな人はそういった意味では鬼なのかもしれません。

記事/イラスト: 洋伯(よはく)

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