貧乏なのに神様?

こんにちは、存在しないモノを描いている妖怪、洋伯(よはく)です。
私は普段、存在しないモノをキャラクター化したり見たことのない世界を創ったりしています。
今回はみんなご存知妖怪貧乏神について調べてみました。
この妖怪貧乏神 は人を貧乏にしたり、不幸をもたらすとされています。
また貧乏神は別名”窮鬼(きゅうき)”とも呼ばれていて、窮とは 行きづまる、身動きできない、苦しむ、といった意味があります。
また見た目は痩せこけて顔色の悪いぼろ布を着た老人男性として描かれることが多いです。

また焼き味噌の匂いを嗅ぐために渋団扇を持っているとか、頭陀袋を首から下げているなどと言われています。
頭陀袋は頭陀行という乞食の行をお坊さんがするときに人からもらったものを入れておくための袋なので、乞食の行が由来なのでしょう。
また別名の窮鬼という名からきているのかは分からないですが、一本角が生えているという説もあるようです。

とりあえず嫌な感じしかしないですが、なぜ神と呼ばれているのでしょうか。
調べてみると面白いことに、貧乏神はいくつかの地域では信仰されていて、貧乏を払い幸福をもたらすものとされているようです。
なのでそこでは妖怪というより神に近い存在であると考えられています。
妖怪と神様は似ています。
祀られれば神様となって人々を守り、祀られなければ妖怪となり人々に悪さをするからです。
しばしば妖怪とは神様の零落した姿だと言われることもあります。
貧乏神の話
この妖怪貧乏神は多くの民話や落語、昔話に登場します。
その多くに共通するのは汚れたボロボロの服を着た老人(もしくは小男)が、怠け者の家にやってきて押し入れに住み着くというものです。
貧乏神は人や家に憑いて、不幸や災い、そして名前の通り貧乏をもたらすと言われています。
『譚海(たんかい)』の貧乏神の話
譚海は津村正恭という人が江戸時代後期に書いた随筆集です。(随筆とは見聞きした物事や思いついたことなどを筆にまかせて書いた文章、またはその文体の作品のことです。)
ある男の叔父さんが家で昼寝をしていると、ボロボロの破れた衣を着た乞食のような老人がいきなり部屋に入ってきて、自宅の二階に上がっていく夢を見たといいます。

叔父さんは変な夢だなと思いましたが特に気にしないでいると、それからは何もかもが悪い方向に向かい、どんどん貧しくなってしまいました。
それから4年後、また叔父さんの昼寝の夢の中で、4年前に2階に上がった老人が一階の和室に下りてきて外出を懇願してきました。
そしてその時その老人は以下のようにおじさんに言ったといいます。
“私は貧乏神だ。”
“四年前私はこの家に来たが今日私はここを去る。”
”私が去った後、焼き飯と焼き味噌を少し用意し、おしき(薄い板の四方を折り曲げて縁にした角盆)に載せて家の裏口から出て近くの川に流してくれ。”
“そしてあまり焼き味噌を作りすぎてはならない。貧乏神は焼き味噌が好きだから、、”
“しかし生の味噌も食べてはいけない、なぜなら味噌を焼く火も燃やせなくなってしまう。”
叔父さんは起きると、夢でびんぼう神が言った通り焼き飯と焼き味噌を川に流しました。
するとようやく貧乏から抜け出して生活が安定してきたと言います。

送窮という年末年始に貧乏神を送り出して福の神を迎える風習が中国にあったということなので、貧乏神の好きな焼き味噌を川に流すのはこの風習から来ているという説があります。
なぜ貧乏神が”神”とされているのか
実は東京都文京区春日には貧乏神を祀る太田神社があって、その由来は次のようなものです。
ある旗本が貧乏神の絵と酒と米(通常、米と酒は神に供える)を用意し、貧乏神を祀りました。
そしてこの旗本は貧乏神に次のように言いました。
“この数年貧しかったが何も悪いことは起きていない。”
”これも貴方(貧乏神)のお陰です。”
私共は神社を建ててお祀りしますので、どうか少しは貧乏を免れ幸運を分けて下さい。”
その後、貧乏神は旗本の家に祀られ、旗本一族は栄えたといいます。
この話のように貧乏神は丁寧に祀ることで福の神になるようです。
まとめ
貧乏神は知っている人も多い妖怪です。
貧乏神は家や人に取り憑いて、何も上手くいかなくして不幸にしてしまいます。
しかし貧乏神が去る際は不幸も一緒に持っていくので、その際に感謝して祀れば福の神になるようです。
どうやら何も上手くいかなくなって不幸にはなりますが、悪いことは特に起きなくなるようです。
座敷童という妖怪が東北にいて取り憑いた家を幸福にしますが、出ていく際に家を不幸にしていくといいます。
また見た目は若い女の子なので、貧乏神とは何からなにまで真逆の妖怪ですが、何かしらの因果があるのでしょうか。
似たような妖怪が全国にいる話は聞きますが、真逆の特徴を持つ似た妖怪は座敷童と貧乏神だけでしょう。
記事/イラスト: 洋伯(よはく)



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